長期休みが近づき、さて今回は子どもたちをどこに連れて行こうかと頭を悩ませていた時に、「しまね田舎ツーリズム」に出会った。これなら子どもたちにいつもと違う経験をさせてあげられるかもしれないと思い、取材も兼ねて、体験してみることにした。
子どもが走り回れるほど広い、
築100年の古民家宿
「しまね田舎ツーリズム」とは、島根県内各地にある登録施設で、農林漁業体験やその地域の自然や文化、暮らしを体験できる取り組み。施設ごとに農林漁業体験をはじめ、自然体験、料理体験、地域伝統文化体験など、さまざまな体験活動が提供されている。宿泊が可能な施設もあり、単なる観光旅行では得られない地域の魅力を体感することが出来る。
今回は島根県西部の江津市にある、農家キッチン「つゆの宿」を利用した。江津市は人口約2万人のまちで、市内には中国地方最大の川「江の川」が流れている。過去には高等学校「地理A」の教科書で「東京から一番遠いまち」として取り上げられたこのまちは、江津市ビジネスプランコンテスト(通称:Go-Con)を開催するなど、創造的なチャレンジを始める移住者が全国から集まっている。
そんな江津市で平成17年から登録されている「つゆの宿」は、土井正人さん、恵津子さんご夫妻が営んでいる。大正4年に建てられた古民家を改修した宿は、最大10人が泊まれるという広い和室と、畳の下に隠された囲炉裏が印象的な施設で、これまで全国各地から利用客が訪れているという。
今回は、筆者と夫、息子(3歳)、娘(0歳)の4人で利用させてもらった。(筆者夫が撮影)
宿の名前の由来にもなった「つゆ」の習字が飾られた和室。他に二部屋あるので 友だち家族とも泊まれそうだ。
宿に到着すると、土井さんご夫妻が笑顔で出迎えてくれたが、息子は「こんにちは」という一言をなんとか絞り出した程度で、とても緊張している様子だ。祖父母世代の大人と交流する機会が少ない彼にとっては、これもある意味、良い経験だったのかもしれない。
荷物を置かせてもらうために宿に入ると、その広さに驚いた。リビングとは別に、6畳と8畳の和室が二部屋、さらにテレビが置いてある和室がもう一部屋ある。息子は少し慣れたのか、広い和室を走り回り始めた。足音や子どもの泣き声を気にせずに過ごせるのは、子連れ旅行に慣れない筆者にはありがたかった。
土井さんご夫妻に施設を案内してもらっている最中、リビングに置いてあった一冊のノートが目に入った。「つゆの宿
利用記」と書かれたノートには、これまで施設を利用した方々の感想が、何十ページにもわたって書かれていた。
ちょうど前日に泊まった方々の感想を目にしたのでお二人に見せると、「あー!楽しんでもらえとったなら本当によかったわー!」と、その日いちばんの笑顔を見せてくれた。詳しく事情を聞くと、前日に急にエアコンが壊れてしまったそうで、利用者の方々に満足してもらえただろうかと心配していたのだという。
ノートには他にも「猫ちゃんとともに温かく出迎えてもらいました」「部屋が広くて良かったです」「久しぶりにゆっくり過ごせました」など、利用者の声が詰まっていた。
このノートを見ただけで、土井さんご夫妻がどんな風に利用者の方々を迎えてきたのか、想像できる気がした。
宿のリビングでノートを見せてもらった時の様子。隣のキッチンで、自炊もできるようになっている。
地域のリアルを
包み隠さず話してくれた
土井さんご夫婦
宿に荷物を置いたあとは、施設の近くにある畑へ移動し、恵津子さんサポートの下、野菜収穫を体験させてもらった。この日は、手のひらより大きな「ジャンボししとう」を収穫したのだが、ミニトマトしか収穫したことがない息子は、大きな野菜に興奮していたようで「もう一個!」と何度も収穫させてもらっていた。
実は、この日の夕飯に早速ししとう料理を出してみたのだが、子ども用に用意していたピーマンよりも、ししとうの方が食べやすかったようで、「おいしい」とパクパク食べてくれた。自分で収穫したことも、良かったのかもしれない。
「しまね田舎ツーリズム」では、今回のような収穫体験の他に、農業や漁業の体験や、料理体験もできるという。施設によって体験内容が異なるので、「こんな体験をしてみたい」という視点で旅先を選んでも良いかもしれない。
野菜収穫体験のあとは、宿の隣にある土井さん宅にお招きいただき、宿や地域について、お話をうかがった。
「宿の建物は、もともと私たちが住んでいたんですが、当時すでに70年近く経っとって、改修しようかとも思ったけど、周りに敷地もあったし、新しく家を建てた方が早いなということになったんです。ちょうどその頃に、県が『しまね田舎ツーリズム』事業を始めていて、せっかくなら古い家も利用できた方がいいなと思って登録したことが、この宿の始まりですね」と正人さん。
つゆの宿のオーナーである、土井正人さん(左)と恵津子さん(右)
また、宿の名前にはこんな想いが込められているという。
「実は私には亡くなった娘がおって、小学校1年生の時に『つゆ』という字を習字で書いていたんですが、その一年後に亡くなったんです。その子が残した唯一の物だったこともあったし、朝露、夜露を凌げる場所という意味も込めて、『つゆの宿』という名前にしました」
「つゆの宿」がある江津市松川町は、隣の川平町と一緒に「松平地区」として、地域全体を盛り上げようという活動が盛んに行われていた地域。過去には、サーフィンをするために松平地区をたびたび訪れていた県外在住の若者とともに、味噌づくりや梅干しづくり体験などを行っていたという。多い時には30~40人が訪れるイベントを定期的に開催していたが、新型コロナウイルスの影響もあり、現在活動はストップしてしまったのだそう。
「珍しい取り組みだということで、当時は取材も結構来ていましたね。彼らとイベントを何度かやっているうちに、畑づくりもしたらどうだろうかという話になって、サーファーとファーマー(農業人)で『サーファーマー』という名前をつけて、4~5年やっていたんです。でもこの辺りは水害も多いので、それで畑がだめになってしまって。この辺りの人は慣れているけど、初めての人は、一生懸命やった畑がダメになると、悲しいわねぇ。今でも連絡は取り合っていますがね」
どの地域で暮らすにしても、魅力に感じるところもあれば、悩みや困り事もきっとあるだろう。正人さんは、収穫体験中にも「水害の時は、この辺りまで水かさが増えるんだわ」と、“地域のリアル”を包み隠さず教えてくれた。移住を検討している人が、移住体験として「しまね田舎ツーリズム」を利用することがあるそうだが、こういった旅を起点として、情報を集めたり、実際に地域に出てみることは、大事な一手間かもしれないと感じた。
旅を楽しむコツは、
積極的に話を聞いてみること
今回の旅で特に印象的だったのは、土井さんご夫妻の人柄だった。
旅の途中、黄色いスイカを見せてもらった息子が「切ってみたい!」と言うので、再び恵津子さんにサポートしてもらいながら、キッチンで初めて包丁を握らせることになった。3歳にはまだ早くないだろうかと内心ドキドキしたが、正人さんが自ら「赤ちゃんを抱っこしておこうか」と申し出て下さったこともあり、安心して挑戦することができた。また収穫体験に出かける時には、恵津子さんが息子の靴を履かせてくれたりと、お二人が本当の祖父母のように接してくれたことが印象的だった。
初めて包丁を持つことができて、息子もとても喜んでいた。
「しまね田舎ツーリズム」では、他にも地域の特色を活かした体験を用意している施設が多数登録されているので、少しディープな島根を旅したい方、地域のリアルを見てみたい方は、ぜひ活用してみてはどうだろうか。
そしてその時には、ぜひ積極的に旅を楽しむことをおすすめしたい。「旅の恥はかき捨て」という言葉もあるように、聞きたいことや見たいものは、勇気を出して施設の方や地域の人に聞いてみると、思わぬ発見があるかもしれない。